はじめましてかお久しぶりです。

どうも、伊月遼というHNで展示に出ていてメンヘラっていたものです。

はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりですね。

ブログなので自分の書きたいことを書けば良いやと割り切って、自分の事を書きます。特にこちらのブログはブログっぽさ多めな感があると思うのでどうぞよろしくお願いします。

 

さて、うつ病と診断されて8年が経過し、あらゆる抗うつ剤を試してはダメ、試してはダメの繰り返しを送ってきた伊月ですが、今年に入ってから新薬の抗うつ剤を試し、それがきっかけで体調が物凄く悪くなり、かつてないほどの希死念慮に苛まれ、睡眠も食事もロクに摂れず、もう、どうしようもないという所まできて、ついに入院しましょうという運びになりました…

 

そのときは自分自身も、もう、入院しかないだろう…といった感じだったのですが、ぼくが知っている中での入院経験者は良くなった人が少数派、悪くなった人が多数派といった状態でして(洒落た言い方でいうと「マイノリティ/マジョリティ」カッコよくいう必要はないが)入院が近づくにつれ、ヤバい、入院がきっかけで更に悪くなるかもしれないヤバい…修学旅行みたいな気心の知れた仲間と過ごせるならまだしも、全然知らない人と何ヵ月も過ごして治すなんてよく、考えてみれば異常だ…と思い、前述の理由で入院はしたくありません。脳波検査や光トポグラフィー治療を受けてみて自分の状態をしっかり違う観点から把握したいのですと、親に申し出たところ

「分かった、入院はキャンセルする」

と言われまして、何だか手続きとかしてもらって申し訳ないなという感はあったのですが、少し落ち着いて自分を見つめなおそうと思いを固めました。

しかし、翌々日辺りになると親から

「ベッドが空いたから入院が決まったよ。入院は5日後だね」

なんてことを言われまして、ハメられた?としか思えず怒りに打ち震えました…

(事実親も入院をキャンセルするといったのは嘘だったようで、全く面識のない大学病院の先生のアドバイスで入院させることにしたようです。主治医からは入院が決まると本当に自殺を図るかもしれないから伏せておいた方が良いと後日言われ、愕然…)

 

そんなこんなで強制的に入院する運びとなった訳ですが、最初は診察だけだからとか、多分開放病棟とか、話が非常に曖昧で、入院も当初の予定より早まるなど、自分でも予測できない事態が次々と起こり、入院前に各方面にこういった理由で入院しますといった連絡も出来ず、入院する当日、最後の悪足掻きとして誰でも手に入れられる市販薬をOD(オーバードーズ、薬物過剰摂取)し、記憶が飛んで、個室に放り込まれ、出られない様に鍵を掛けられました。(ちなみに閉鎖病棟でした…)ついでに悪足掻きとして飲んだ薬が多量で致死量の2倍にあたるとの事で全身拘束されて4時間ごとに硫黄のような香りのする薬を飲まなければいけない、(4時間を6セット)ので大変でした。何が大変って自分が大変なのは割り切れるのですが、深夜、早朝と薬を飲ませに来て下さる看護師さんの負荷を考えると心苦しく、自殺なんてするもんじゃないなというより、自殺するならより確実な手段を取るべきだと考える辺り、まだ、マトモではないのかもしれませんが、死に対して向き合っていると、あれ?死んでしまった方が…と自分は思ってしまうんですよね…友人がバタバタ死んでいっても酷いようですが割り切って、自分の事を考えて生きていくことをぼくはオススメしたいです。(ぼくはその様な生き方が恐らく出来ないと思いますが)

さて、話は戻りますが退院後、希死念慮は綺麗さっぱり無くなった訳ではなく、むしろ酷くなり、眠剤も弱くなったせいで、余計に眠れなくなり、食べられなくなり、端的に言うとぼくは入院して、退院して酷くなったタイプなのですが、とある出来事がきっかけで希死念慮が弱まるという、専門家からしても不思議だなぁという事態が起こり、今こうしてブログを書けるだけの意欲も出てきた訳です。そのとある出来事は伏せさせて頂くとしてこうして、発信できる場がある訳ですからあまり振り返りたくはありませんが、閉鎖病棟に入院していた日々を不定期で更新していきたいと思います。

 

余談

文章を書く上で1000文字の壁は難なく超えられるのですがそれ以上になってくると、構成力などが問われるので身を削って書くという感覚ですね…ちなみにこエントリは約1800文字…下記のリンクは所持している本です。いずれ書評じみたものも書いていきたいなと。

完全自殺マニュアル

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卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

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